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はい、前回に引き続き、本人以外にはぶっちゃけどうでもいい、
平成21年振り返り日記・後編でございます。
12月:
昇格試験をきっかけに、前月にひきつづき、(私から見ると)部下に淡白すぎる上司と、新人さんとのかかわり方について、かなり本気でケンカしてみました。
(ケンカというのは誇張で、正確には、
・自分が感じている不安感や違和感の内容
・その原因と思しきこと
・その解消のために自分がする行動と
・可能であれば上司にて欲しい行動のリクエスト
を、それなりに理路整然と並べ立てました)
感情的なだけだった11月の訴えから進歩したこともあり、
とりあえず上司には、
・私が拠ってたっているところの信条(10月参照)
・できれば上司の信条に沿いたいという、集団主義的思想
・しかし上司が(業務指導に限ったって)淡白すぎるのを不安に感じている点
(とりあえず、一日一回くらいは新人に声かけてあげて欲しいという、私のお願い)
を理解していただきました。
お互いの具体的な歩みよりの行動は、来年以降。
で、上司にグチグチ言ったついでに、己の身も振り返ってみました。
…あれ、確かに一日に何回も新人さんと話してはいるけど、
中身を考えると、もしかしなくても自分、新人さんに、
一方的なお説教しか、していなくないか?!(^^;
…それは十分なコミュニケーションとはいえない…orz
(反省中)
…
反省して、『コーチング』とか『現場リーダー』とかタイトルのつく本を、片っ端から読み漁って、
新人育成担当としてあらまほしき姿を自分なりに研究してみました。
とりあえず、手っ取り早く昼飯を一緒に食いながら、
新人さんが語りたいことを自由に語らせ、私はひたすらアクティブリスニング(コーチングスキルのひとつ)に徹するようにしたら、なんか知らんが、
信頼感のレベルが3段飛ばしぐらいに深まった雰囲気です。
幸い新人さんは、この3~4ヶ月で仕事の面では上司の思惑通り「自分で考える力」が育ってきているようなので、
しばらく、「グチ聞き役」としての役割に重きを置いて、新人さんと関わってみようと思います。
もちろん、社会人としてどーかと思う行動があったら、そこは速攻で迷わず指導入れる方向で。
(おかげさまで、指導が必要そうなネタも、早くも尽きてきたけどね)
ま、他人から見ると、育成担当の私のほうが、何やら周囲に育てられてる世界なのかもしれません。
11月:
管理職への昇格試験受験指令が下るorz
試験はねー。
弊社は、親会社殿の形式だけマネしよって、そのせいでヘボ会社のくせに結構大変なのですよー;;
そんなグチはさておき、半ば業務命令なので、やらぬわけにはいかぬのです;;
思い出すのは、ちょうど5年前、古巣の九州にて今の階級に昇格する際、
上司(当時)に不安をストレートにぶつけすぎて、人間関係がこじれまくってしまったあの顛末orz
ほら、歴史は繰り返すっていうし、今回も同じことにならないとは誰が保障できようか(反語)
ということで、子供かお前は?!というくらい、いろいろ暴れてみました(苦笑)
が、残念ながら情緒を重視しない個人主義な上長にはまったく意図が通じず、
「今回は大目に見てやるから、二度とやるな」的な軽い指導でスルーされてしまいましたorz
この機会に、ぜひ、部下(=新人さんと私)との淡白すぎるかかわり方を再考して欲しかったんすけど(;;)
そんな先輩の無駄な暴れ方の背景を知る由もなく、
「昇格試験って大変ですね(><。)」といっそのどかな励まし方をしてくれる新人さんがそこにいましたorz
半分は新人さんのためのつもりで戦ってたんだけど、
もしかしなくても、私、空回りしてる…?(;;)
…そんな状態で、片手間で走った仏の里マラソン(ハーフ)でベスト記録が出せるはずもなく(;;)
といいつつも、旧職場のランニング人口が増えていることを確認できたりと、それはそれで楽しいプライベートライフだったりはしたわけですw
10月:
さて、
「新人のころは、『箸の上げ下ろし』から周囲が指導するのが当たり前」という
農耕民族的な集団主義の24時間保守運用部隊の一員として社会人のスタートを切った
私。
一方、「新人のころから、可能な限り自分の判断で切り込んでいくのが当たり前」という
遊撃隊的な個人主義の客先SEとしてキャリアを築き上げてきた
上司。
はっきり言いますが、これでぶつからないはずがございません(--;)
それまでも、お互いの行動原理に違和感は抱いていたものの、
そこはそこそこ一人前wの若手wwと管理職、互いに尊重しあってそこまで深く齟齬を追求しはしなかったのですよ。
それでも仕事にはなってたしね。
…が、「新人さん育成」という業務を共同で遂行するにあたり、なんかどうも溝が深い?という感覚がだんだん大きくなっていきます。
一回、徹底的に話し合ったほうがよくねーか?と私は思いつつも、
こんな人数の少ない部署で本気でケンカして、うまく解決策が見つからなかったらかなり気まずいよね(^^;
…という社会人な配慮を働かせ、違和感を抱いたまま日々は過ぎていくのでした。
なにより、主人公である新人さん本人は、あちこちつまづきつつも頑張って育っているので、下手に騒ぐのはよろしくない。
とりあえず私は、
上長の方針と思しき方向性(←話し合ったわけじゃないので、あくまで推定)を尊重すべく、
・仕事のことは、できるだけ本人に任せる。
困ってるオーラが出ているときに「何か困ってる?」「どうね?」と声掛けだけして、
あとは本人がしゃべりながら解決策を見出すのを助ける
・仕事以外のことは、社会人N年目の己のカンを信じ、その場で指導する
(あいさつ、ビジネスレターの『様』『御中』、執務室内の飲食マナー、
飲み会の日に自転車で通勤しない、
飲み会の翌日のお礼、おごられ方、仕事の道具=PC・マウス・仕事着の手入れ、
年賀状w、飲み会幹事業務、参考書を買い与える… その他)
という方向性を自分の中で決めて、それに従って行動することにしてみました。
9月:
4ヶ月におよぶ新人研修を終え、9月1日より新人さんが職場にやってきました。
その3日前の8月最終営業日は、東京で事業部発表会があり、
発表者の一人として、私も無事発表を終えたわけです。
…質問タイムで、うちに来る予定の新人さんが、かなり突っ込んだ質問かまして来たときには、
はやくも先輩としてのメンツが崩壊するんじゃないかと、かなりドキドキだったけどな(>▽<)b☆
(いや、あれは間違いなく、新人からの、先輩に対するジャブだった。間違いない。
恐ろしいコだ(><。))
それはそれとして、(社会人としては)集団主義の田舎で育てられた私は、
「新人育成担当」とは、それこそ議事録の取り方から酒の飲み方まで、
下手すると地域のゴミ収集日まで、
公私に渡ってまるごと新人さんの新生活を見てやるお役目、という意識があったので、そのつもりでいろいろ準備し、自分が周囲にそうやってもらって育ってきたように、こまごまと指導。
新人さんとの信頼関係がまだ不十分な状態のときに、
新人さんが結構なことをやらかしてくれたので、ちょっとした危機に陥ったのもこのころですorz
お前、謝れ。
まず、謝れ。
いいから、謝れ。
私はものすごく心配したんだ(><)/
…そんな感じの危機(笑)
あ、初海外マラソンのマウイでのハーフマラソンでは、自己ベストをたたき出しましたよ(><*)
8月:
事業部内交流の一環という名目の、
業務発表大会の発表者としてお呼びがかかる。
例年、5~10年目社員が順繰りで発表者として動員されるので、私に声がかかるのは、まぁ順当。
「来るべきもんが来ちゃいましたねー」っていう程度のノリで、とりあえず発表準備します。
このころ、裏では、弊社のあほみたいに長い新人研修も終わりに近づき、
当事業部の新人さんたちは、恒例の2週間の工場研修に派遣されています。
その彼らが東京に再集結し、配属先に飛ばされる直前に、必ずこの事業部発表会があります。
「数年先の先輩たちの業務発表を見させて、新人のモチベーションを上げよう」という事業部人事担当の意図がいやらしいほど透けて見えますねー。
でもいいんです。うちらも、そうやってテンション上げて、えいや!っと各地へ散っていきましたしー。
私の発表が、古巣九州に飛んで(ばされて)いく後輩たちへの励ましにでもなれば、幸いですとも。
…とかなんとか思いながら、久々にまじめに仕事(=発表準備)していたら、出張がちな上長より、
「そういえば、今年、うちにも新人が来ることになったので、育成担当よろしくね♪」
との素敵なお言葉が。
はーーーいぃぃぃ???(@@;)
去年、私を九州より呼び寄せて、人員増したばっかりじゃないですか。
売り上げがのびないとかいいながら、新人採るんすか?
正気すか、上司ーーーーーー???
いやいやそれより、うちにくるってことは、この、
上司が不在がちで、基本的に私しか同じ会社の人間がいない、この客先で新人さんは育ってくってことだろーーー?
私が新人に与える影響は、超・重大じゃねーすかーーー(@@;)
やばいやばいやばい、こんな今の自分みたいな、
・周囲と没交渉の、
・独り言が異様に多い、
・仕事にも後ろ向き
な先輩、私だったら絶っっっ対、育成担当について欲しくない(><。)
かくて、私の「まともな先輩としての体裁を繕う日々」が始まったわけなのですorz
7月:
前月に引き続き、淡々と、周囲と交わることもなく、ふっつーに仕事してました。
このころになると、もはや朝夕のあいさつ以外は他人と言葉を交わさないという状況にある意味順応してしまい、
おそろしく独り言が多くなっていました(^^;)
ちなみに、周囲との交渉がないのをいいことに、常に
こっそりPMPの資格維持用の勉強サイトを立ち上げていたのは内緒だ(><)
<結構たくましいw
…
ということで、来年もよしなに。
平成21年振り返り日記・後編でございます。
12月:
昇格試験をきっかけに、前月にひきつづき、(私から見ると)部下に淡白すぎる上司と、新人さんとのかかわり方について、かなり本気でケンカしてみました。
(ケンカというのは誇張で、正確には、
・自分が感じている不安感や違和感の内容
・その原因と思しきこと
・その解消のために自分がする行動と
・可能であれば上司にて欲しい行動のリクエスト
を、それなりに理路整然と並べ立てました)
感情的なだけだった11月の訴えから進歩したこともあり、
とりあえず上司には、
・私が拠ってたっているところの信条(10月参照)
・できれば上司の信条に沿いたいという、集団主義的思想
・しかし上司が(業務指導に限ったって)淡白すぎるのを不安に感じている点
(とりあえず、一日一回くらいは新人に声かけてあげて欲しいという、私のお願い)
を理解していただきました。
お互いの具体的な歩みよりの行動は、来年以降。
で、上司にグチグチ言ったついでに、己の身も振り返ってみました。
…あれ、確かに一日に何回も新人さんと話してはいるけど、
中身を考えると、もしかしなくても自分、新人さんに、
一方的なお説教しか、していなくないか?!(^^;
…それは十分なコミュニケーションとはいえない…orz
(反省中)
…
反省して、『コーチング』とか『現場リーダー』とかタイトルのつく本を、片っ端から読み漁って、
新人育成担当としてあらまほしき姿を自分なりに研究してみました。
とりあえず、手っ取り早く昼飯を一緒に食いながら、
新人さんが語りたいことを自由に語らせ、私はひたすらアクティブリスニング(コーチングスキルのひとつ)に徹するようにしたら、なんか知らんが、
信頼感のレベルが3段飛ばしぐらいに深まった雰囲気です。
幸い新人さんは、この3~4ヶ月で仕事の面では上司の思惑通り「自分で考える力」が育ってきているようなので、
しばらく、「グチ聞き役」としての役割に重きを置いて、新人さんと関わってみようと思います。
もちろん、社会人としてどーかと思う行動があったら、そこは速攻で迷わず指導入れる方向で。
(おかげさまで、指導が必要そうなネタも、早くも尽きてきたけどね)
ま、他人から見ると、育成担当の私のほうが、何やら周囲に育てられてる世界なのかもしれません。
11月:
管理職への昇格試験受験指令が下るorz
試験はねー。
弊社は、親会社殿の形式だけマネしよって、そのせいでヘボ会社のくせに結構大変なのですよー;;
そんなグチはさておき、半ば業務命令なので、やらぬわけにはいかぬのです;;
思い出すのは、ちょうど5年前、古巣の九州にて今の階級に昇格する際、
上司(当時)に不安をストレートにぶつけすぎて、人間関係がこじれまくってしまったあの顛末orz
ほら、歴史は繰り返すっていうし、今回も同じことにならないとは誰が保障できようか(反語)
ということで、子供かお前は?!というくらい、いろいろ暴れてみました(苦笑)
が、残念ながら情緒を重視しない個人主義な上長にはまったく意図が通じず、
「今回は大目に見てやるから、二度とやるな」的な軽い指導でスルーされてしまいましたorz
この機会に、ぜひ、部下(=新人さんと私)との淡白すぎるかかわり方を再考して欲しかったんすけど(;;)
そんな先輩の無駄な暴れ方の背景を知る由もなく、
「昇格試験って大変ですね(><。)」といっそのどかな励まし方をしてくれる新人さんがそこにいましたorz
半分は新人さんのためのつもりで戦ってたんだけど、
もしかしなくても、私、空回りしてる…?(;;)
…そんな状態で、片手間で走った仏の里マラソン(ハーフ)でベスト記録が出せるはずもなく(;;)
といいつつも、旧職場のランニング人口が増えていることを確認できたりと、それはそれで楽しいプライベートライフだったりはしたわけですw
10月:
さて、
「新人のころは、『箸の上げ下ろし』から周囲が指導するのが当たり前」という
農耕民族的な集団主義の24時間保守運用部隊の一員として社会人のスタートを切った
私。
一方、「新人のころから、可能な限り自分の判断で切り込んでいくのが当たり前」という
遊撃隊的な個人主義の客先SEとしてキャリアを築き上げてきた
上司。
はっきり言いますが、これでぶつからないはずがございません(--;)
それまでも、お互いの行動原理に違和感は抱いていたものの、
そこはそこそこ一人前wの若手wwと管理職、互いに尊重しあってそこまで深く齟齬を追求しはしなかったのですよ。
それでも仕事にはなってたしね。
…が、「新人さん育成」という業務を共同で遂行するにあたり、なんかどうも溝が深い?という感覚がだんだん大きくなっていきます。
一回、徹底的に話し合ったほうがよくねーか?と私は思いつつも、
こんな人数の少ない部署で本気でケンカして、うまく解決策が見つからなかったらかなり気まずいよね(^^;
…という社会人な配慮を働かせ、違和感を抱いたまま日々は過ぎていくのでした。
なにより、主人公である新人さん本人は、あちこちつまづきつつも頑張って育っているので、下手に騒ぐのはよろしくない。
とりあえず私は、
上長の方針と思しき方向性(←話し合ったわけじゃないので、あくまで推定)を尊重すべく、
・仕事のことは、できるだけ本人に任せる。
困ってるオーラが出ているときに「何か困ってる?」「どうね?」と声掛けだけして、
あとは本人がしゃべりながら解決策を見出すのを助ける
・仕事以外のことは、社会人N年目の己のカンを信じ、その場で指導する
(あいさつ、ビジネスレターの『様』『御中』、執務室内の飲食マナー、
飲み会の日に自転車で通勤しない、
飲み会の翌日のお礼、おごられ方、仕事の道具=PC・マウス・仕事着の手入れ、
年賀状w、飲み会幹事業務、参考書を買い与える… その他)
という方向性を自分の中で決めて、それに従って行動することにしてみました。
9月:
4ヶ月におよぶ新人研修を終え、9月1日より新人さんが職場にやってきました。
その3日前の8月最終営業日は、東京で事業部発表会があり、
発表者の一人として、私も無事発表を終えたわけです。
…質問タイムで、うちに来る予定の新人さんが、かなり突っ込んだ質問かまして来たときには、
はやくも先輩としてのメンツが崩壊するんじゃないかと、かなりドキドキだったけどな(>▽<)b☆
(いや、あれは間違いなく、新人からの、先輩に対するジャブだった。間違いない。
恐ろしいコだ(><。))
それはそれとして、(社会人としては)集団主義の田舎で育てられた私は、
「新人育成担当」とは、それこそ議事録の取り方から酒の飲み方まで、
下手すると地域のゴミ収集日まで、
公私に渡ってまるごと新人さんの新生活を見てやるお役目、という意識があったので、そのつもりでいろいろ準備し、自分が周囲にそうやってもらって育ってきたように、こまごまと指導。
新人さんとの信頼関係がまだ不十分な状態のときに、
新人さんが結構なことをやらかしてくれたので、ちょっとした危機に陥ったのもこのころですorz
お前、謝れ。
まず、謝れ。
いいから、謝れ。
私はものすごく心配したんだ(><)/
…そんな感じの危機(笑)
あ、初海外マラソンのマウイでのハーフマラソンでは、自己ベストをたたき出しましたよ(><*)
8月:
事業部内交流の一環という名目の、
業務発表大会の発表者としてお呼びがかかる。
例年、5~10年目社員が順繰りで発表者として動員されるので、私に声がかかるのは、まぁ順当。
「来るべきもんが来ちゃいましたねー」っていう程度のノリで、とりあえず発表準備します。
このころ、裏では、弊社のあほみたいに長い新人研修も終わりに近づき、
当事業部の新人さんたちは、恒例の2週間の工場研修に派遣されています。
その彼らが東京に再集結し、配属先に飛ばされる直前に、必ずこの事業部発表会があります。
「数年先の先輩たちの業務発表を見させて、新人のモチベーションを上げよう」という事業部人事担当の意図がいやらしいほど透けて見えますねー。
でもいいんです。うちらも、そうやってテンション上げて、えいや!っと各地へ散っていきましたしー。
私の発表が、古巣九州に飛んで(ばされて)いく後輩たちへの励ましにでもなれば、幸いですとも。
…とかなんとか思いながら、久々にまじめに仕事(=発表準備)していたら、出張がちな上長より、
「そういえば、今年、うちにも新人が来ることになったので、育成担当よろしくね♪」
との素敵なお言葉が。
はーーーいぃぃぃ???(@@;)
去年、私を九州より呼び寄せて、人員増したばっかりじゃないですか。
売り上げがのびないとかいいながら、新人採るんすか?
正気すか、上司ーーーーーー???
いやいやそれより、うちにくるってことは、この、
上司が不在がちで、基本的に私しか同じ会社の人間がいない、この客先で新人さんは育ってくってことだろーーー?
私が新人に与える影響は、超・重大じゃねーすかーーー(@@;)
やばいやばいやばい、こんな今の自分みたいな、
・周囲と没交渉の、
・独り言が異様に多い、
・仕事にも後ろ向き
な先輩、私だったら絶っっっ対、育成担当について欲しくない(><。)
かくて、私の「まともな先輩としての体裁を繕う日々」が始まったわけなのですorz
7月:
前月に引き続き、淡々と、周囲と交わることもなく、ふっつーに仕事してました。
このころになると、もはや朝夕のあいさつ以外は他人と言葉を交わさないという状況にある意味順応してしまい、
おそろしく独り言が多くなっていました(^^;)
ちなみに、周囲との交渉がないのをいいことに、常に
こっそりPMPの資格維持用の勉強サイトを立ち上げていたのは内緒だ(><)
<結構たくましいw
…
ということで、来年もよしなに。
PR
はい、旧サイト(OlliKahn兄貴のページ)ではおなじみだった、年末恒例の、
管理人の私生活振り返り特集でございます。
今回は、とりあえず1~6月。
思い返すと、8月以降の激動の期間と比較して、
恐ろしいほど平穏な日々でしたねー。
嵐の前のしずけさというかなんというか。
6月:
ランニング的には、山形でのハーフマラソン遠征したのが大きいかな。
あとは、なんか、ふっつーに仕事してた気がする(笑)
5月:
連休中に、ハーフマラソンでびぅ(≧▽≦)
旧職場の走友会仲間とも再開でき、楽しかったです♪
何より、自分に体力面で、自信がつきました。
以後、2009年中に走ったハーフマラソンは、デビュー戦も含めて4回。
一番速かったのは、9月のマウイマラソンです♪
4月:
GWのハーフマラソン初挑戦に向け、積極的にLSDなどを取り入れていました。
仕事上では、人と話す機会が極端に少なく、あいさつ以外はほぼ誰とも口を利かない日々でしたorz
(自ら心を閉ざしていたことも、それに拍車をかけていたんだけどさ)
なんかね、この日々から、よくぞ秋以降、(職場の浅いコミュニケーションの輪への)
「リハビリ復帰」できるまでに頑張れたと思うよ、ほんと。
3月:
神奈川にて、2年2ヶ月ぶりの市民マラソン大会参戦!
関東のおされな女性ランナー人口の多さに、九州のド田舎で社会人ラン経験をつんでいた私は、圧倒されましたorz
定期的に運動すると心の健康が保ちやすいということを再認識。
その良い影響を受け、繁忙期のど真ん中、平日はかなりふつーに仕事してました(笑)
2月:
客先という職場の性質上、ほとんど誰とも口を利かない日々orz
一番きつかったのは31歳の誕生日。
それまでは、職場の誰かしらが「おっ、お前、今日誕生日やん!」と声をかけてくれたのに、
今年は誰も声をかけてくれないorz
クリスマス一人でも、年末年始一人でも、もうなんとも思わないけど、
誕生日をスルーされるのは、己の存在を根本的にシカトされた気分になり、やはりとてもしんどい;;
しんどさのあまり、九州の古巣の上司に「私、今日誕生日なので、祝ってください」とか電話しちゃったくらいw
1月:
年明け早々の引越しが大変だったorz
前年8月に九州から越してきて、たった半年の横浜勤務・川崎住まいの都会生活。
リハビリにはちょうど良かった感じです。
…ああ、なんかほんとに、嵐の前の静けさな半年だったね(^^;)>自分
管理人の私生活振り返り特集でございます。
今回は、とりあえず1~6月。
思い返すと、8月以降の激動の期間と比較して、
恐ろしいほど平穏な日々でしたねー。
嵐の前のしずけさというかなんというか。
6月:
ランニング的には、山形でのハーフマラソン遠征したのが大きいかな。
あとは、なんか、ふっつーに仕事してた気がする(笑)
5月:
連休中に、ハーフマラソンでびぅ(≧▽≦)
旧職場の走友会仲間とも再開でき、楽しかったです♪
何より、自分に体力面で、自信がつきました。
以後、2009年中に走ったハーフマラソンは、デビュー戦も含めて4回。
一番速かったのは、9月のマウイマラソンです♪
4月:
GWのハーフマラソン初挑戦に向け、積極的にLSDなどを取り入れていました。
仕事上では、人と話す機会が極端に少なく、あいさつ以外はほぼ誰とも口を利かない日々でしたorz
(自ら心を閉ざしていたことも、それに拍車をかけていたんだけどさ)
なんかね、この日々から、よくぞ秋以降、(職場の浅いコミュニケーションの輪への)
「リハビリ復帰」できるまでに頑張れたと思うよ、ほんと。
3月:
神奈川にて、2年2ヶ月ぶりの市民マラソン大会参戦!
関東のおされな女性ランナー人口の多さに、九州のド田舎で社会人ラン経験をつんでいた私は、圧倒されましたorz
定期的に運動すると心の健康が保ちやすいということを再認識。
その良い影響を受け、繁忙期のど真ん中、平日はかなりふつーに仕事してました(笑)
2月:
客先という職場の性質上、ほとんど誰とも口を利かない日々orz
一番きつかったのは31歳の誕生日。
それまでは、職場の誰かしらが「おっ、お前、今日誕生日やん!」と声をかけてくれたのに、
今年は誰も声をかけてくれないorz
クリスマス一人でも、年末年始一人でも、もうなんとも思わないけど、
誕生日をスルーされるのは、己の存在を根本的にシカトされた気分になり、やはりとてもしんどい;;
しんどさのあまり、九州の古巣の上司に「私、今日誕生日なので、祝ってください」とか電話しちゃったくらいw
1月:
年明け早々の引越しが大変だったorz
前年8月に九州から越してきて、たった半年の横浜勤務・川崎住まいの都会生活。
リハビリにはちょうど良かった感じです。
…ああ、なんかほんとに、嵐の前の静けさな半年だったね(^^;)>自分
さて、年内の仕事の山場を無事超えたところで、徒然に日記です。
どうせ、仕事のことですが(笑)
前サイト(OlliKahn兄貴のページ)を閉鎖し、期間限定ブログも閉鎖した後、お前はどこで何をやっていたのか?!というあたりから行きましょうか(^^;
2006年7月末、W杯ドイツ大会のあった初夏。
前年秋から、未だに事業部内で語り継がれる大バースト案件の応援でQ州より東京へ長期出張していた管理人は、追加バーストの決定で相当嫌気が差し、Q州の当時の上司にお願いしていっぺん引き上げさせてもらいました。
(まーえらそうに言いつつ、私自身がたいして役に立ってたわけでないから、とっとと解放されたという説が有力)
戻ったからといって、長期出張前の部署(設備に直結するシステムの保守運用…ある意味最前線)に戻ったわけではなく、
「近々東京に正式移動になる前提」で、も少し裏方的な部署=「いつでも替えが利く」ポジションに移りました。
主流からはずされた気がして(いや、確かに実質上の戦力外通告だったんだけど)、半年ほど相当むくれてたんだけど、ある日バーストしかかったとある案件のPM補佐(今の言葉で言うとPMOか)に任じられたので、
「これが終わったら辞めてやらあ(><。)」くらいの勢いで、やけくそ気味に頑張ってみました。
それがどうやら、上司ズの思う以上の成果につながったらしく、以後2年ほど、ぷち案件のプロジェクトマネジャーを任される日々を送りました。
が。
ですよ。
私の頭の中には、古巣の、技術力バリバリの理系男子な先輩方こそが理想のシステム屋!…みたいなイメージが刻み込まれて離れなかったんですねー。
(なにしろ、最初の上司が「プログラムが組めてこそのSE! マネジメントなんかシャイセ(ドイツ語)だ」くらいの価値観の人だった)
なので、2年ほどたったまたある休日出勤で精神的に追い詰められていた日、当時の上司を相手に暴れたのですよ。
「も少し技術力欲しい(><。)」
上司は探してくれました。も少し技術的な仕事のできる職場を。
しかも、関東地方です。
東京じゃないけど、一応関東です。
若干、あれ?と思いつつ、まいっかー的なノリで、私は移籍していきました。
が、始めてみると、これがまた、要求される技術レベルが私の想定外に高い仕事でしてね~。
また、「これが終わったら辞めてやらあ(><。)」くらいの心づもりで、周囲に心を閉ざし、
下手すると、2~3日間あいさつ以外一言も周囲としゃべらない状況のまま、仕事に励むことになったわけです。
これが去年Euro2008が終わってしばらくした盛夏のこと。
数年に渡りなんとなく続いていたバタバタ感に疲弊し(むろん、他にももっと大変な人は世の中たくさんいるけどさ)、
「近々辞めてやるけど、とりあえず疲労感を抜くのが先じゃ(ーー;)」
…と、いっぺん趣味に生きる時間を自分に作る約束をし、このブログを本格化させました。
これが、今年度初頭。
ま、ハーフマラソンデビューしてみたり、PMP資格維持に燃えてみたり、それなりにオフタイムは充実していたのですが
…実は職場では、相変わらず心を閉ざし気味で周囲との会話がほとんどない状況が続いていたのですよ。
実は。
そんな秋口。
うちの会社のアホみたいに長い新人研修期間が終わり、各部署へ新人さんが配属される季節になりました。
そして驚いたことに、「ひとり(私)移籍してきたこともあるし、当分人員増はなかろう♪」と思っていた我が部署にも来たのですよ、新人さんが(@@;
職場環境は「上司が出張がちで、基本は私ひとりの客先」(@@;
よーするに基本的に「私の言動を見て新人さんは育っていく」ってことですかーーー?(@@;)
やばい。
こんな、
・周囲に心を閉ざした
・やる気のない
・二言目には「めんどくさっ」
・三言目は「そのうち辞めてやらぁ」が口ぐせ
の先輩の姿を見せながら、新人さんには育ってほしくない!!!(@@;)
…という一心で、周囲とのコミュニケーションを取ったり、(可能な範囲で)仕事に前向き姿勢見せたり、
せめて愚痴は言わないという路線でリハビリしながら、最近は過ごしております。
そうやって「リハビリ」しながら思ったのは、
「このまま、新人育成の延長で『人の輪』に戻らんと、私は一生すべての人に心を閉ざしたままだ」
ということ。
ま、自分ひとりならそれでもいいんだけどさ。
ちょうど昇格試験が重なって、もしかすると近い将来部下持ちになるかも(@@;…という可能性が現実味を帯び、
「やはりこれは、今の勢いに乗ってリハビリしないとダメだ」という結論に至りました。
そして、うまが合わないので避けていた上長と、育成方針や管理体制をめぐって大喧嘩(^^;)
お年どころについてはまだ議論中だけど、とりあえず現時点では、
思い切って喧嘩ふっかけてよかった、という感想です。
人間やっぱり、守る相手がいると、相当強くなるね。
若手男子が、嫁さんもらって第1子が生まれたころにすごい勢いで仕事でも成果上げていく理由が、なんとなく実感できた。
うちのとこの新人さんが、私をどれくらい頼ってれてるかまでは知らんけど、
とりあえず、この数ヶ月、新人さんが来てくれたことで救われたのは、私のほうです。
(あ、もちろん、些細な言動でお互いかちんと来ることはあるが、それはさ、しょせん付き合いの限られた職場の人間関係でしかない以上、仕方ないよね)
出張がちな上長ズ含めて、チームみんなで頑張っていこうな(≧▽≦)b☆
…と、なんちゃって現場リーダーToBeである私は思う、今日この頃なわけです。
# なんつって、数ヵ月後にまた「辞めてやる(><。)」とか騒いでる可能性も、低くないんだけどなw
どうせ、仕事のことですが(笑)
前サイト(OlliKahn兄貴のページ)を閉鎖し、期間限定ブログも閉鎖した後、お前はどこで何をやっていたのか?!というあたりから行きましょうか(^^;
2006年7月末、W杯ドイツ大会のあった初夏。
前年秋から、未だに事業部内で語り継がれる大バースト案件の応援でQ州より東京へ長期出張していた管理人は、追加バーストの決定で相当嫌気が差し、Q州の当時の上司にお願いしていっぺん引き上げさせてもらいました。
(まーえらそうに言いつつ、私自身がたいして役に立ってたわけでないから、とっとと解放されたという説が有力)
戻ったからといって、長期出張前の部署(設備に直結するシステムの保守運用…ある意味最前線)に戻ったわけではなく、
「近々東京に正式移動になる前提」で、も少し裏方的な部署=「いつでも替えが利く」ポジションに移りました。
主流からはずされた気がして(いや、確かに実質上の戦力外通告だったんだけど)、半年ほど相当むくれてたんだけど、ある日バーストしかかったとある案件のPM補佐(今の言葉で言うとPMOか)に任じられたので、
「これが終わったら辞めてやらあ(><。)」くらいの勢いで、やけくそ気味に頑張ってみました。
それがどうやら、上司ズの思う以上の成果につながったらしく、以後2年ほど、ぷち案件のプロジェクトマネジャーを任される日々を送りました。
が。
ですよ。
私の頭の中には、古巣の、技術力バリバリの理系男子な先輩方こそが理想のシステム屋!…みたいなイメージが刻み込まれて離れなかったんですねー。
(なにしろ、最初の上司が「プログラムが組めてこそのSE! マネジメントなんかシャイセ(ドイツ語)だ」くらいの価値観の人だった)
なので、2年ほどたったまたある休日出勤で精神的に追い詰められていた日、当時の上司を相手に暴れたのですよ。
「も少し技術力欲しい(><。)」
上司は探してくれました。も少し技術的な仕事のできる職場を。
しかも、関東地方です。
東京じゃないけど、一応関東です。
若干、あれ?と思いつつ、まいっかー的なノリで、私は移籍していきました。
が、始めてみると、これがまた、要求される技術レベルが私の想定外に高い仕事でしてね~。
また、「これが終わったら辞めてやらあ(><。)」くらいの心づもりで、周囲に心を閉ざし、
下手すると、2~3日間あいさつ以外一言も周囲としゃべらない状況のまま、仕事に励むことになったわけです。
これが去年Euro2008が終わってしばらくした盛夏のこと。
数年に渡りなんとなく続いていたバタバタ感に疲弊し(むろん、他にももっと大変な人は世の中たくさんいるけどさ)、
「近々辞めてやるけど、とりあえず疲労感を抜くのが先じゃ(ーー;)」
…と、いっぺん趣味に生きる時間を自分に作る約束をし、このブログを本格化させました。
これが、今年度初頭。
ま、ハーフマラソンデビューしてみたり、PMP資格維持に燃えてみたり、それなりにオフタイムは充実していたのですが
…実は職場では、相変わらず心を閉ざし気味で周囲との会話がほとんどない状況が続いていたのですよ。
実は。
そんな秋口。
うちの会社のアホみたいに長い新人研修期間が終わり、各部署へ新人さんが配属される季節になりました。
そして驚いたことに、「ひとり(私)移籍してきたこともあるし、当分人員増はなかろう♪」と思っていた我が部署にも来たのですよ、新人さんが(@@;
職場環境は「上司が出張がちで、基本は私ひとりの客先」(@@;
よーするに基本的に「私の言動を見て新人さんは育っていく」ってことですかーーー?(@@;)
やばい。
こんな、
・周囲に心を閉ざした
・やる気のない
・二言目には「めんどくさっ」
・三言目は「そのうち辞めてやらぁ」が口ぐせ
の先輩の姿を見せながら、新人さんには育ってほしくない!!!(@@;)
…という一心で、周囲とのコミュニケーションを取ったり、(可能な範囲で)仕事に前向き姿勢見せたり、
せめて愚痴は言わないという路線でリハビリしながら、最近は過ごしております。
そうやって「リハビリ」しながら思ったのは、
「このまま、新人育成の延長で『人の輪』に戻らんと、私は一生すべての人に心を閉ざしたままだ」
ということ。
ま、自分ひとりならそれでもいいんだけどさ。
ちょうど昇格試験が重なって、もしかすると近い将来部下持ちになるかも(@@;…という可能性が現実味を帯び、
「やはりこれは、今の勢いに乗ってリハビリしないとダメだ」という結論に至りました。
そして、うまが合わないので避けていた上長と、育成方針や管理体制をめぐって大喧嘩(^^;)
お年どころについてはまだ議論中だけど、とりあえず現時点では、
思い切って喧嘩ふっかけてよかった、という感想です。
人間やっぱり、守る相手がいると、相当強くなるね。
若手男子が、嫁さんもらって第1子が生まれたころにすごい勢いで仕事でも成果上げていく理由が、なんとなく実感できた。
うちのとこの新人さんが、私をどれくらい頼ってれてるかまでは知らんけど、
とりあえず、この数ヶ月、新人さんが来てくれたことで救われたのは、私のほうです。
(あ、もちろん、些細な言動でお互いかちんと来ることはあるが、それはさ、しょせん付き合いの限られた職場の人間関係でしかない以上、仕方ないよね)
出張がちな上長ズ含めて、チームみんなで頑張っていこうな(≧▽≦)b☆
…と、なんちゃって現場リーダーToBeである私は思う、今日この頃なわけです。
# なんつって、数ヵ月後にまた「辞めてやる(><。)」とか騒いでる可能性も、低くないんだけどなw
Twitter始めました。
<仕事もせずに、そんなことを…
主に作業ログ的な意味で活用するために。
そして、時々沸き起こる「どうでもいいことを誰かにしゃべりたい衝動」を解消するために。
(現在、一人作業が多く、どうでもいい会話を交わせる相手が見える範囲にいない環境なのねorz)
ページ右側のプラグインに、ウィジェットとやらをはっつけてみました。
Flash版とHTML版があって、本当はかっこいいFlash版のほうが良かったんだけど、ページ全体のレイアウトが崩れてしまうorz
CSSを修正すればいいんだろうけど、ぷちプロマネななんちゃってSEの私にそんな知見があるわけもなく、とりあえず自力でどうにかできるベタなHTMLでよしとする…
IEでしか確認していないので、他のブラウザで見るとやっぱりまだ崩れているかも、だけど。
感知しません…というか感知できません…
<仕事もせずに、そんなことを…
主に作業ログ的な意味で活用するために。
そして、時々沸き起こる「どうでもいいことを誰かにしゃべりたい衝動」を解消するために。
(現在、一人作業が多く、どうでもいい会話を交わせる相手が見える範囲にいない環境なのねorz)
ページ右側のプラグインに、ウィジェットとやらをはっつけてみました。
Flash版とHTML版があって、本当はかっこいいFlash版のほうが良かったんだけど、ページ全体のレイアウトが崩れてしまうorz
CSSを修正すればいいんだろうけど、ぷちプロマネななんちゃってSEの私にそんな知見があるわけもなく、とりあえず自力でどうにかできるベタなHTMLでよしとする…
IEでしか確認していないので、他のブラウザで見るとやっぱりまだ崩れているかも、だけど。
感知しません…というか感知できません…
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兄貴ファン or まるこ
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女性
職業:
なんちゃってSE。社畜です…
趣味:
まったり週末ランニング
自己紹介:
学生時代にお勉強させられた英語とかドイツ語とかを活用して、欧州サッカーとかジャパニメーションとか海外オークションとかで、貴重な余暇を非生産的につぶします。
時折走り、まれに勉強します。
2015年夏、乳がん(ステージ1)発症しました。
時折走り、まれに勉強します。
2015年夏、乳がん(ステージ1)発症しました。
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